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ちょっと地唄舞情報 ~舞扇について~

2017-04-08

開閉して使う扇は世界に誇れる日本の発明品です。また、舞には必須のものです。
本日は花崎流でお稽古に使う舞扇についてのお話をします。

扇のことをお話しする前に、先ず初心者の方には閉じた場合の花崎流の舞扇の裏表の見分け方を説明をします。実は、私はお稽古をはじめて何年か経ってから扇に裏表のあることを初めて知って恥ずかしい思いをしました。扇を閉じた状態で柄の出るほうが表、柄の見えないほうが裏になります。舞始めの構えの姿勢で扇を手にしたときに、くれぐれも表と裏を反対にしないようにしてください。写真のように表側に親指がくるのが基本です。

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扇の持ち方の基本は、まず扇の要に薬指をもってきます。この薬指でしっかり掴むのがポイントです。薬指中心に中指と小指の三本でしっかり支え、親指と人差し指には力をいれません。

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扇を持つ場合には、紙の部分を汚さないためいつも骨の部分を持つようにします。

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新しい扇をお稽古に卸すときには、使い始める前に扇の最初の一枚を開いたり閉じたりして少しクセをつけるようにします。その準備をすることで扇を開いたり閉じたりするときに扇が中途半端な場所で開閉するような乱れを防ぐことができます。

 

 

 

 

 

 

花崎流の扇は、杜季女師がデザインされたものです。花崎の紋の雁金が描かれています。雪輪の中に可愛らしい二羽の雁が飛んでいます。この二羽のくちばしをよく見ると幸福があるようにということで阿吽になっています。

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親骨はしっかりしていますが、中骨は薄めになっています。これは男性より小さな女性の手になじみのいいようにという配慮から杜季女師が宮脇賣扇庵さんに注文なさったとのことです。地唄舞の扇には女性らしい繊細な動きに添うようなものが求められます。

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杜季女師は「扇とお友だちになるように」「扇と手が一体になるように」「六本目の指のように」と仰います。扇を自分の身体の一部のようにしぜんに動かすようにしなければいけません。扇遣いは舞の基本ですが、すぐに上達するものではありませんので、手にすいつくようになるまで、ひたすらお稽古を積み重ねるしかありません。

文責 珠真女

地唄舞上達への道⑥  ~杜季女聞書抄~

2017-03-25

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※本日は呼吸のことについて教えていただきたいと思います。

有酸素運動は身体に良いと言われていますが、地唄舞も呼吸を意識して行う最高の有酸素運動の一つではないでしょうか。ですが、お稽古で先生に息を吸って吐いてとご指導いただくときに、私はなぜか吸うと吐くを反対にしていることが多いのです。呼吸のしかたに基本的な決まりのようなものがあるのでしょうか。

 

╶─基本的には、動き始めるときに息を吸う、かたちをおさめるときに吐くのです。わかりやすく言いますと、舞始めの座っている姿勢からは、息を吸いながら立ち上がります。舞納めの立つ姿勢からは息を吐きながら座っていきます。

 

 

※女性は男性と違ってふつうは胸式呼吸ですが、舞では腹式呼吸をするのですね。

 

╶─おおむねそうですが、全部腹式呼吸ではありません。色っぽい所作のときには胸を使う呼吸のこともあります。地唄舞の呼吸は基本的には鼻から吸ってお腹から吐く感じです。言葉で説明するのはとても難しいのですが、お腹に空気袋のようなものがあってそこから空気の出し入れするイメージです。

息を吸うときにおへその穴から恥骨の上あたりに意識を集中させ身体の中心軸を確認します。ヤジロベエの支点をしっかりさせるイメージです。そして次にきれいに吐ききることで身体の力みが抜け、うまく脱力できます。また吐くときはお腹に重心が落ちます。息を吐くことで重心が定まるのです。息を吸った重さが息を吐くことで丹田にしっかり乗っかる感じです。これは実際にお稽古を重ねないと、なかなか言葉で説明するだけでわかるものではありません。

お稽古して日の浅い初心者は吐くことが苦手です。息を吸うより吐くことのほうが難しくて、つい息を吸って、また吸ってと動きがちです。余裕がないとどうしても息を吸うほうにいってしまうようです。

 

※時々舞ながら口を開けてしまってご注意受けますが、つい吸って吸ってになって呼吸が乱れて苦しくなっているせいかもしれません。

 

╶─口があいてしまうと間が抜けてしまいます。以前にも申し上げましたが、口をあけて歯が見えてしまうと顔が語りだしてしまいます。舞は顔に語らせるものではありません。

いつも気をつけていてください。

 

 

※振りや姿勢のことに意識がいってしまっていることが多くて、長くお稽古していても未だに呼吸をコントロールできていないことを痛感します。

 

╶─呼吸法は本当に大事なことです。動きも呼吸のしかたで全然変わってきます。呼吸の乱れはそのまま舞の乱れにつながります。呼吸の流れと動きの流れが一緒だと美しい舞になるのです。以前にも舞では空気を乱さないことが大切と申しましたが、それは呼吸とも深く関係しています。呼吸とからだの動きは一体なのです。しぜんな呼吸ができるようになると動きにも無理がなくなり自由になります。

舞始めるときには、人形に息をいれるように、生命を与えるように呼吸をはじめてください。そして、とにかく振りを考えなくなるまで練習して呼吸に集中するのです。呼吸と空気を乱さない舞は美しいものです。

 

※どうすれば舞の呼吸法は身につくのでしょうか。

 

╶─最初は振りを入れながら、吸って吐いてを意識してゆっくり練習するのがいいと思います。この練習は大変効果があります。息を吐いたときに重心がお腹に落ちて足が地面をしっかり掴むと、足が地に着きます。日本の舞は地を踏むこと、地に重心がまっすぐ入ることが基本です。はじめは意識しないとなかなか出来ないことでも、鍛錬しているうちに自然にこの呼吸が身についてくると思います。

本番であがってしまうひとも、呼吸をコントロールすることで平常心を保つことができるようになります。とくに吐く、吐き切ることがきちんとできるようになると、いつもお腹に重心がすとんと落ちて上半身が浮いてしまうことがなくなります。

 

※呼吸がきちんとできることで本番でも平常心を保って落ち着けると伺って、お産のときのラマーズ法を思いだしました。呼吸に意識を集中することで痛みをブロックする、痛みを和らげるという考え方がラマーズ法だと思いますが、意識を呼吸にもっていくことで舞の場合も、頭に浮かぶよけいな雑念をブロックできるのではないかと思います。そうできれば本番でも落ち着けます。舞いながら呼吸に意識を集中することは一種の作業禅のようなものではないでしょうか。

 

╶─╴そういう面もあります。たしかに色々な雑念がよぎると頭に酸素がいくことになって、空気も上にのぼり、上半身に力が入り足が浮いてしまうでしょう。感覚として、頭で考えるのではなくいつも腹で考えるのです。

 

もう一つ、呼吸ということでは、吸って吐いてだけでなく、息を止めることも大事です。かたちを止めるところで、きちんと息も止めます。舞のかたちは身体の動きだけで出来るものではありません。動きと一緒に呼吸も止めます。吸って止める場合、吐き切って止める場合があります。動いていないときには息をとめることがしぜんなのです。

動きと呼吸をとめるのは、「間」をつくることです。「間」の大切さは、日本文化のなかで大切にされてきましたが、舞にもそれがあります。

舞の中で動きと息を止める「間」は、そこに舞手の想いをとどめようとしている状態です。余情とか残心と表現してもよいでしょう。舞手の心情を観客に伝えるための一瞬の静止です。舞手の個性がよく出るところです。

 

※私のような下手くそだと動きと息を一緒に止めることで舞の流れをぶつ切れにしてしまいそうです。

 

╶─いつも自分の呼吸によってまわりの空気をきれいにすることをイメージしてください。空気の流れを滞らせないように、波長がしぜんに循環するよう舞ってください。簡単にできることではありませんが、課題を見つけながら自分の舞を高めていくのです。自分のその時のレベルによって見えてくるものが違ってきます。芸の道には限りがありません。

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私の中の理想は、舞いながら自分の呼吸と観客の呼吸が一緒になる状態です。退屈な舞台ですと、観客席はどことなくざわざわしていますが、佳い舞台では観客が舞台にどんどん集中していきます。そして観客は舞手の息づかいと同調していきますし、舞手は観客の呼吸を身近に感じるようになります。佳い舞手は、舞台の空気感を支配できるのです。この理想に向かって私も精進していきたいと思っています。

 

※舞手と観客の呼吸が同調していくのは、あらゆる優れた舞台芸術にいえることでございますね。お能でもギリシャ悲劇でも、最高のものは舞台空間と客席空間が呼吸のレベルまで一致していく…。呼吸の問題というのは基本的なことですが、とても奥深いものだと思いました。

文責 珠真女

邦楽ジャーナル三月号に掲載されました

2017-03-09

六瓢庵が邦楽ジャーナル三月号に掲載されました。

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良い記事を書いていただきましたので、ご覧いただければ幸いです。

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次回六瓢庵での石川利光尺八公演会もどうぞよろしくお願い申し上げます。

六瓢庵

詳細はこちら

 

 

 

六瓢庵開き

2017-02-25

2017年2月4日和芸空間「六瓢庵」開きの会を行いました。

昼の部、夜の部あわせて121名のお客様がいらしてくださいました。

たくさんのお花も頂戴し、華やかな雰囲気の中で皆様に六瓢庵開きをお祝いしていただきましたこと厚く御礼申し上げます。

会場風景

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花崎杜季女「万歳」

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日吉章吾 琴演奏「五十鈴川・祭りの太鼓」

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六瓢庵の天井の高い檜舞台は、大変音の響きが美しいとお褒めいただきました。

 

「おちや乳人」

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ご来場くださいました皆様誠にありがとうございました。今後も和芸空間「六瓢庵」を何卒よろしくお願い申し上げます。

六瓢庵ホームページもございますのでご覧いただけますと幸いです。

https://www.mubyouan.com/

 

 

 

 

 

 

地唄舞上達への道⑤  ~杜季女聞書抄~

2017-02-01

★16.03.30 花崎会(撮)前島吉裕 (307)☆

 

※前回は眼の動きについてお伺いしましたが、今回は舞うときの表情についてお話を伺いたいと思います。先生の仰るように顔は大変印象の強いパーツですので、もともとの目鼻立ちについては諦めるしかないにしても、少しでも舞と一体になった美しい表情でありたいと思います。門下生の会の映像をみて毎回失望するのは自分の表情のかたさです。信じられないくらい怖い顔になってしまいます。ガチガチに緊張しているせいなのは明らかなのですが、自分ではどうすれば緊張感をださずに舞えるのかわかりません。

 

╶─意外かもしれませんが、まったく緊張しないのはよくないのです。緊張しすぎるのはもちろんいけませんが、ある程度の緊張感はあったほうが良い舞になります。適度にあがるのはむしろ良いことです。生徒さんの中には本番でも全然緊張しないというタイプの方もいますが、そういう方でも本番では案外お稽古ではしない唐突な動きをしていたりするものです。ですから緊張すまいと頑張る必要はありません。

※緊張感を全部なくさなくてよいと伺い、少しほっとしました。緊張をうまく軽減すればいいと思うだけでも気が楽になりそうです。(笑)

★16.03.30 花崎会(撮)前島吉裕 (321)☆

 

╶─眼の動きのときにも申し上げましたが、顔に神経を集中させてしまわないことです。顔に神経がいくとどうしても重心が上にいってしまいます。とにかく理想は丹田に重心をおいて、上半身はしなやかな動きで固くならないことです。重心が上がると、足が板(舞台)につかない感じになります。昔から腹が据わっていると言い方がありますように、重心を落とすことで精神的にも落ち着いている状態になるのです。

重心を落とすと足にパワーがつきます。下半身の不安定は怖いものです。舞はじめて足が地についていると感じると、平常心を保てます。

 

 

※足が板につかない感じというのは、まさに私の場合にぴったりあてはまります。私は舞はじめは比較的落ち着いているのですが、舞の途中からどんどん緊張してくるのです。足元が妙に浮いた感じになっていることが多いと思います。雑念が次々に頭をよぎるためでしょうか。地唄舞は動きの早いものではないので、身体の動きより頭の動きのほうが高速になってしまいます。扇を飛ばす振りがうまくいくからしとか、まだ終わらないわとか、観客に誰がいるとか、そんなことが次々に頭に浮かんできて舞が進むほど緊張が強くなってあがってきます。まさに先生の仰るように地に足がつかない状態になります。それで何とか心を落ち着かせようと内心で焦るうちに、歯を食いしばっているような怖い顔になっているにちがいありません。やっとわかりました。リラックスしなきゃと思うのも一つの雑念なので、そういうことも頭から落とさないといけないのだと思います。

 

╶─ひとつ私もしていることを実行してみてください。本番前に準備体操をすることです。まず軽くジャンプしてみる。ぴょんぴょん飛んで上下運動してください。それだけでも重心をお腹に落とすことに効果があります。他に自分が固くなりそうな部分を動かします。肩なら肩甲骨を動かす、首の後がかたくなりそうなら首をまわすなどしてください。精神的に落ち着こうと頭で考えるより、まず身体的な準備体操をすることです。身体を動かすことで、無用なことを考えないようにすること、頭に雑念のない状態をつくり、座禅のときのような無の状態を目指して、舞に集中するのです。

★16.03.30 花崎会(撮)前島吉裕 (308)

※先生の「舞は旋回運動(まわること)と踏み(土地を踏みしめる)」を特色としていると書いていらしたことの意味が少しばかり実感できたように思います。くしゃくしゃな頭の中の雑念を、身体を動かすことによって重心と一緒に落としてしまう、足を踏みしめて本番に臨むことを目標にしたいと思います。でも理想には程遠い現状をどうしたらよろしいでしょう。

 

╶─練習の状態を出せることが本番で一番良いものをみせることにつながるのですが、そう簡単に理想通りにはならないものです。とにかく稽古することによって不安をとりのぞくことです。稽古で、ここまでやった、もうこれ以上しようがないと思える覚悟をつくるのです。人間ですから百パーセントということはあり得ません。うまくやろうと考えなくなるまで、良い意味でのあきらめの境地に達するまで、穏やかな覚悟のできるまでお稽古するしかないのです。これ以上できないくらい練習して、本番の前日くらいまでにこの覚悟のできる状態になっていると、本番でもうまくいくでしょう。

 

顔師の神田光修さんが「いい状態に(覚悟の)出来ているひとは顔を描いていても仕上がりの顔が違う、すーっと描ける、自分はプロだからいかようにも顔を造ることはできるけれど、どうしようという不安感のあるひとは仕上がった顔がしっくりこないと仰っていました。

※自信のなさが顔師さんにも見破られて、表情に反映されてしまうものなのですね。

★16.03.30 花崎会(撮)前島吉裕 (334)

 

╶─人間は不思議ないきものなのです。俗世を考えないで、上半身から力を抜いてください。上半身のいきみが抜けて、重心が落ちているときれいだなあと思っていただけます。脱力できるかできないかは、経験を積んでわかるようになります。自分で乗り越えるしかありません。

 

※つまり私は一にも二にもお稽古が足りないということになりそうです。あれこれ心配する前に、日々の稽古を大切に積み重ねることと、本番前に準備体操をすることを肝に銘じたいと思いました。貴重なお話を本当にありがとうございました。

 

 

文責 珠真女

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