地唄舞普及協会

地唄舞の歌詞と解説 「き」の行
The KI-row

伽羅の香り

歌詞
伽羅の香りとこの君様は幾夜とめてもわしゃ止めあかぬ寝ても覚めてもわすられぬ
解説
伽羅は昔から香木として最も品位の高いものとせられていたもので、この香を衣裳に移すことを「香をと
める」ともいい、女が愛しい君を毎夜泊めてもということと結びつけて、幾夜泊めても香木の香りは飽き
ないと唄ったものです。

貴船

歌詞
恨めしや 御身と契りしその時は 玉椿の八千代二葉の松の末かけて 変わらじとこそ思いしになどしも末は果て給うらん あら恨めしや捨てられて 捨てられて 思う想いの涙に沈み 人を恨み夫をかこち ある時は恋しく または恨めしく 起きても寝ても忘られぬ 思いの因果は今ぞと白雪の 消えなん命は今宵ぞいたわしや 
解説
夫が他の女のもとに去った夫人が、その女の家を襲うという後妻打ち(うわなりうち)という風習が、平安時代から江戸時代にあった。その風習の中、貴船神社は、憎い相手に呪いをかけ相手の
形代の藁人形に5寸釘を打ち込むとい丑の刻参りの発祥の地である。
この曲も、夫が走った女に呪いをかけ丑の刻参りに向かう女性が描かれている。
「今夜の丑の刻参りで、お前の命も消えるぞ」と貴船に向かう女心をどう描くかが、真骨頂での舞である。

地唄 菊の露

歌詞
鳥の声 鐘の音さえ身に沁みて 思い出すほど涙が先へ 落ちて流るる妹背の川を
とわたる船の楫だに絶えて 櫂もなき世と恨みてすぐる
思わじな 逢うは別れと言えども愚痴に 庭の小菊のその名に愛でて 
昼は眺めて暮らしもなろが 夜々毎に置く露の 露の命のつれなや憎くや
今はこの身に秋の風
解説
本調子端唄。
広橋勾当作曲。
地唄艶物の代表的な曲。
花崎流では名取りになるための試験曲。菊の露は、古来は目出度い長寿の印でしたが、この曲では、亡き人を偲ぶ花として菊を出し、そこに落ちる露に涙を連想させている。鳥の声、鐘の音、露が落ちる音など、自然界の音に心の寂しさが託される繊細さが大事な曲です。

京の四季

歌詞
春は花
いざ見にごんせ 東山
色香あらそう 夜桜や
浮かれ浮かれて
粋も無粋も ものがたい
二本差しても 柔らこう
祇園豆腐の 二軒茶屋
みそぎぞ 夏は うち連れて
川原につどう 夕涼み
よいよい よいよい よいやさ
真葛ヶ原に そよそよと
秋は色ます 華頂山
時雨をいとう から傘に
濡れて紅葉の 長楽寺
思いぞ積もる円山に
今朝も来て見る 雪見酒
そして櫓のさし向かい
よいよい よいよい よいやさ
解説
京都の祇園を中心に 東山、円山の風物を点景に詠み込み、京都らしい優美さと落ち着いた趣を思わせる一曲。
上方端唄。文久(1862~1864)前後の流行で 祇園で遊んでいた儒教の学者、中島棕隠(そういん)の作詞によるとされている。
「祇園豆腐の二軒茶屋」とは、当時八坂神社の表参道にあった二軒のお茶屋さん。そこでは先が二本に割れた竹串を木綿豆腐に刺して味噌を塗って焼いた田楽豆腐が名物でありました。本刺しても」は、侍が腰に刀を二本さしているのになぞらえて、「お堅いお武家様と同じ二本差しでも、祇園の豆腐は柔らかい」という洒落です。
真葛ヶ原、華頂山、長楽寺はいずれも、円山公園・知恩院のあたりです。降ったり止んだりの秋の雨はうっとおしいものですが、唐傘越しにふと見える、しっとり濡れた紅葉の風景もよいものです。
寒い朝に、雪見酒を酌み交わします。京都の冬はしんしんと冷えます。火鉢が炬燵にあたりながらでしょうか。差し向かいの櫓は、やぐらごたつとも、京都の芝居小屋の北座と南座の櫓のこととも言われます。

霧の雨

歌詞
霧の雨かかりて 袖に濡れつばめ  あれ見やしゃんせ鳥でさえ 
なれし所を振り捨てて 知らぬ他国で苦労する 嬰児を 
もうけてはるばると 故郷へ帰る旅の空  しおらしいじゃないかいな
解説
上方端歌。本調子。作詞作曲者不明。『粋の懐』一二編に収録されている。うた沢にもあり、また江戸の歌舞伎の下座や上方落語のはめ物にも使われる。哀愁漂う曲調のため、縁切 りの場などに合方として用いられる。 霧の雨は、秋に入って、霧のように細かく降る雨のことで、霧雨ともいうが、吉村流では、 吉村雄輝が先代の追善に作舞したので、流儀の紋にちなんで
「桐の雨」と書かれる。
つばめが住み慣れたところを離れ、よその国で苦労して冬を越し、子供を産んで、張るに なるとふるさとへ帰って来るということを、「しおらいいじゃないか」とうたうが、「濡れつばめ」に名古屋山三をあてこみ、伊達男の代表格である山三に対する深い思いをかけた歌詞 といわれている。 
今日も歌舞伎で上演される「鞘当」では、本花道から黒地の雲に稲妻の衣装で登場する不破伴左衛門に対し、仮花道から登場する名古屋山三は縹色地に濡れ燕の衣装を着るが、名古 屋山三といえば「濡れ燕」で、文化五(一八〇八) 年正月大阪角の芝居の嵐吉三郎と中の芝 居の三代目中村歌右衛門の名古屋山三の両座競演の際に、地唄の「濡れ燕」が作られたとい われている。 
ただし、舞の伝承には、名古屋山三が関係するところはなく、飛ぶ鳥を見上げるなど、素直な歌詞に沿った振付がなされている。井上流では初世または二世井上八千代の振付で、扇を持ち、大勢でも舞う。吉村流は吉村雄隊の振付で、一人舞。新町系山村流でも伝承されているという
出典
別冊演劇界 伝統芸シリーズ
日本舞曲集成京舞上方舞編演劇出版社

木津川

歌詞
歌詞
折から月の出汐や 流るる方は木津川へ 漕ぎ紅に染めこみし 
紅葉故郷へ錦せん ちりゆく葉末はらはらと降るは涙か秋雨か
しかとはならん かわづつみ
解説
二上り。上方端唄。
三世中村歌右衛門作詞、作曲。
天保年間のはやり歌の一つで、秋を描いた名曲。
短い本局のみを収録した薄物の唄本も刊行され、江戸歌の歌本にも収録されている。
題名の木津川は、大阪を流れる淀川の分流で、廻舟の発着場があった。
折から月が山の端に出て、木津川が美しい紅葉で染まっている。
はらはらと葉が散り、秋雨か涙が木津川へ落ちているという静かな秋の風景が描かれてい
る。
「月の出」と「出で潮」、「漕ぎ来る」と「濃き紅」などの掛詞や、紅葉から縁語の鹿を
ひくなど、和歌の手法でイメージが連鎖していく。
「降るは涙か」を謡曲の「熊野」からとっているなど、謡曲や和歌を思わせながらも、あ
まりに常套的で花札を連想させるような秋の「月」「紅葉」「雨」「鹿」などを使い、
逆に紋切り型を茶化すような洒脱な風情が出ている。