ちょっと、地唄舞情報

 
「雪」の人形
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人形作家の藤本郁子先生が、国立小劇場の花崎会公演に出演されたHさんの「雪」の舞姿をモデルにした「雪」という名の素敵なお人形を作成なさいました。会期は終わっていますが日本橋の丸善ギャラリーに展示されていた時の写真をHさんにお願いして頂戴しましたのでご覧ください。(写真掲載については藤本先生に許可をいただいております)お美しいHさんによく似せてつくられたお人形で、肌理細かな質感と繊細さで手元に飾りたくなる愛らしさです。
 
国立小劇場で行う花崎会では、毎回杜季女師が京都の小林衣裳さんまで出かけて出演者全員の衣裳を選んでくださいます。前もって小林衣裳さんに演目をおつたえしておくと候補の衣裳を何種類も用意して待っていてくださるそうです。小林衣裳さんは杜季女師がまだ関崎ひで女師の弟子でいらしたころからの、三十年近いおつきあいで杜季女師のお好みもよくご存知と伺いました。
杜季女師が衣裳選びで心掛けていらっしゃるのは、公演全体の流れを考慮して前後のバランスをとることや舞う人の雰囲気にあわせたものを選ぶことです。なぜ京都の小林衣裳さんで衣裳をお願いするのかということをお訊ねしたところ、東京の舞台用貸衣装は歌舞伎関係、大舞台向きの柄の大きなものが多いのに比べ、京都の衣裳は小紋の柄なども小さく、トーンを落とした上品な雰囲気のものが多いこと、そして京都の着物は保守的なものばかりでなく東京にはないような思いがけず冒険した面白いものがあることが理由だそうです。
杜季女師は花崎流が本当に美しいと思うものをお客さまに観ていただくことを何より大切にされていて、衣裳も舞台という総合芸術の大切な要素と考えています。
私は、杜季女師が毎回出演者にどのような衣裳を選ばれるのか拝見するのを楽しみにしています。それぞれの方に良く似合うものをお上手に選ばれているのでいつも感心してしまいます。より完成された舞台にするために、杜季女師が労を惜しむことはありません。
Hさんの「雪」の衣裳はご覧いただいたように白のきれいなものです。「雪」は大抵は白、グレー、舞妓さんから芸妓さんに衿替えの時に着る黒の衣裳から選ぶ場合が多いそうです。当初は雪という言葉のイメージとHさんの雰囲気から、真っ白な着物に真っ白な帯を予定していらしたそうですが、実際には、白の着物に白い帯をのせたものより、少し色の入ったものをのせたほうが印象が締まるのでこちらを選ばれたとのことでした。八掛に雪が降っている模様がみえて全体的にはんなりとしています。白い着物は自分ではなかなか着る機会のないものですから私も憧れます。
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地唄舞の衣裳は日本舞踊のものと同じ作りではありません。着物の裾にフキを薄くわからないようにしかいれません。日舞には足をかけて衣裳をまわすような動きがありフキがしっかり入ります。地唄舞ではそのような足の動かしかたはなく、衣裳の裾まで身体に吸い付いて動くためにも、フキは最低限にして裾まで流れるような身体の線の美しさを出そうと考えられています。
この藤本先生のお人形と実際の舞の大きな違いは傘の持ち方にあります。このお人形の傘が曲がった角度に持たれているのは藤本郁子先生の人形作家としての美意識、または動いている途中の動作によるものでしょう。
杜季女師のご指導では地唄舞「雪」においては傘を持つ所作で持ち方を曲げてはいけないのです。曲げてもつと、舞姿がくずれた感じになるので、傘は常に真っすぐに持たなければなりません。曲げる場合ははっきりした角度で曲げます。地唄舞では、ふにゃっとしたイメージは殺す必要があり、凛とした様式美が理想とされます。
花崎流における「雪」で使う傘は紫のぼかしで中が五色の糸の絹張りのものになります。黒のぼかしで中が真っ白のものを使用される方もありますが、さびしくなりすぎるので使いません。また、師の教えによると、傘がぼかしになっていることで身体が傘に隠れている場合も身体の線がぼんやり見える、傘をすかしてうつる身体の線の美しさが「雪」の一つの味わいにもなっています。
衣裳も傘という小道具も、「雪」という舞をより一層の美しさに近づける要素です。この他に鬘やお化粧や着付けについてもプロの方々の細心の気配りとお手伝いを経て、いよいよ舞台に登場します。日々のお稽古はこの舞台に最善を尽くすためにあるといっても過言ではありません。一つの舞台を終えるとなぜか舞も少し上達して、次のステージに向かってまた勉強が続きます。実に奥深い世界なのです。
 
蛇足ですが最後に一言。こんなに手間暇かかった地唄舞の舞台はさぞお金がかかって庶民に縁遠いと思われるかもしれませんが、そのようなことはないと申し上げます。地唄舞の舞台に立つことは、日舞の舞台に立つようなことはなく、私のようなサラリーマン家庭でも可能な「価値ある贅沢」であることを付け加えさせていただきます。地唄舞をお稽古する方が増えて一人でも多くの方にこの長い間蓄積されてきた伝統芸能の精華でもある舞台を実体験していただきたいと願っています。Hさんのように素敵なお人形ができてしまうかもしれません。最後にHさんの美しい舞台姿をご覧ください。
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文責 珠真女